大村の伝統芸能 
国選択無形民俗文化財 選択年月日:1980(昭和55)年12月12日
長崎県指定無形民俗文化財 指定年月日:1978(昭和53)年3月31日
所在地 大村市寿古町  保存団体 寿古踊保存会 寿古踊(すこおどり) 
国選択無形民俗文化財 選択年月日:1980(昭和55)年12月12日
長崎県指定無形民俗文化財 指定年月日:1978(昭和53)年3月31日
所在地 大村市沖田町  保存団体 沖田踊保存会





  円陣を作って、太刀とナギナタが向い合って踊る形は、県内はもちろん九州でも見かけません。歌詞は艶麗な恋歌で歌
 い方は悠長です。武術の型を踊りに構成したと見られ、激しさを内に秘めながらも、優美な踊りを展開します。
  踊りに山場のないことは、見せる芸への変貌がなかったことを推量させ、古雅な型を留めるすぐれた芸能です。 沖田踊(おきたおどり) 
国選択無形民俗文化財 選択年月日:1973(昭和48)年11月5日
長崎県指定無形民俗文化財 指定年月日:1957(昭和32)年10月29日
所在地 大村市黒丸町  保存団体 黒丸踊保存会





  出演者は武士姿の子供の踊子8人、花篭(かご)4人、紺の法被、手甲脚絆、豆絞りの鉢巻姿で前に大太鼓
 を抱き、背中にホロの板に十数貫の重量の大花篭を負っています。「大薩摩黒丸踊」と書いた大旗持2人、そ
 の他に大太鼓・鉦・三味線・笛・鼓・地太鼓などの囃子方がつきます。
  「アルワー・エイ」の掛声とともに踊り手は位置につき、囃子方の奏楽に合わせて、花篭を大きく揺るがし
 て踊りの輪は大きく広がり、大薩摩にふさわしい勇壮華麗な踊りを展開していきます。 黒丸踊(くろまるおどり) 
所在地 大村市今村町
保存団体 今村浮立保存会
  明治の初期諫早の福田浮立を移入したと伝えられています。鉦(かね)には、「安政四年丁己七月吉日、長
 崎村田大武作」(注:安政4年は西暦1857年)と刻銘されたのが二つあり、もう一つ「明治九年今村郷」
 の刻銘された鉦もあります。古くは、風観岳で雨乞いがおこなわれていました。
  この浮立は、田楽の系態を持つ浮立で、雨乞い、虫追い農作祈願をおこなう太鼓浮立で、のち掛打ち踊りが
 ついた複合の浮立です。笛は華やかな音色で全体的によくまとまっています
  浮立の順番は、幟(のぼり)−惣代−ササラ−掛打ち−笛−鉦(かね)モーラシ(小太鼓)−大太鼓−月の
 輪−ササラ−の順に行進演技です。浮立の中心は、月の輪を付けて大太鼓を打ちながら舞う太鼓舞です。囃子(はやし)は、道ばやし、兵庫バチのほか七種目があります。 今村浮立(いまむらふりゅう) 
所在地 大村市陰平町、岩松町
保存団体 下鈴田浮立保存会





  大村市の陰平上、陰平下、岩松の三町内の区域は「下鈴田」と呼ばれ、この地区に伝わっている浮立が「下
 鈴田浮立」です。今から約143年前の幕末の頃、下鈴田の有志が、小長井・太良から、浮立に堪能な人を招聘
 して習ったのが始まりといわれています。
  行列の先頭を行く2本の毛槍は、お殿様からご褒美として戴いたものです。毛槍を先頭としたから回しの行
 列は、参勤交代の大名行列になぞらえたもので、当時のから回し作法をそのまま現代に伝えています。
  なお、この浮立は戦後しばらくの中断を経て、1973(昭和48)年の大村祭で保存会のみなさんが万感
 の想いを込めて復活させたものです。およそ300名内外の大行列を整えて行進する壮観さをお楽しみください。 下鈴田浮立(しもすすたふりゅう) 
所在地 大村市本町、東本町、西本町
保存団体 大村獅子舞保存会





  江戸末期頃、長崎の矢上から師匠を招き、中尾獅子舞を習ったのが始まりと伝えられています。
  獅子舞の形態は、唐風の獅子頭を持ち、二人一組で舞う形式の獅子舞です。親獅子四頭立ての豪快な獅子舞
 です。玉振り(鈴)の服装は中国服です。別に、曳山(ひきやま)や稚児行列がつきます。
  獅子舞の順番は、幟(のぼり)−玉振り−獅子−囃方(はやしかた)−<笛、しめ太鼓、大太鼓、大鉦(お
 おがね)−小鉦(こがね)>−曳山−稚児の順に行進する。演技は眠っている獅子−鈴の音で起きる−ノミ取
 り−玉追い−です。
  踊りの山場は、獅子の頭の者を肩車して立ち上り、最後に牡丹の花を口にくわえて舞い踊る所作です。 大村獅子舞(おおむらししまい) 
所在地 大村市水主町
保存団体 水主町コッコデショ保存会





  江戸時代、大水害で大上水戸川が氾濫したところ松尾与左衛門が陣頭にたち、水防工事を完成させました。
 その竣工祝いに長崎の樺島町から踊りを伝授し、踊ったのが始まりと伝えられています。
  踊りの形態は、白法被(しろはっぴ)にねじり鉢巻姿の34人の若者が輦台(れんだい)をかつぎ、采配の
 合図に独特の節回しの唄で心技一体の技を披露します。輦台を宙に舞い上げる勇壮な集団演技です。
  踊りの順番は、幟(のぼり)−大采配−輦台の順に行進します。輦台には大太鼓打ちと采配が前後に乗りま
 す。山場は、輦台を担いで走る−廻す、全員で掛声をかけながら輦台を宙に放り上げ、その瞬間、法被をぬぎ
 すて落ちてくる輦台を受け止める一糸乱れぬ気迫の演技です。 水主町コッコデショ(かこまちこっこでしょ) 
所在地 大村市片町
保存団体 大村龍踊保存会






  「大村龍踊」は、城下町大村の商業の中心地のひとつであった、「片町」に伝えられた伝統芸能で、その正
 確な起源は不詳ですが、長崎が旧大村藩領で、江戸時代には、長崎警備を大村藩が行い、長崎との係わりが深
 いことから、中国人によって江戸時代からの伝承と言われています。
  当初の演舞は、素朴なものでしたが、時代の流れと共に工夫と改良が行われ、現在のように、一の舞、二の
 舞、そして三の舞から成る一連の充実した踊りを完成させました。中でも龍が玉を見失って、火焔を吹き、荒
 れ狂うその姿は、実に見応えのあるものです。 大村龍踊(おおむらじゃおどり) 
所在地 大村市水田町、古町、乾馬場町
保存団体 西大村浮立保存会






  西大村浮立は明治の終わり頃、水田町、古町、乾馬場町の古老や青年達で水田浮立として始められ、鈴田浮
 立が基になっていると言われています。
  戦時中、中断しておりましたが、住民より復興の声が挙がり、1992(平成4)年に水田、古町、乾馬場
 が軸となって、この伝統芸能をさらに充実発展させるために、水田浮立の名称を西大村浮立と改め、西大村地
 区の伝統芸能として再興いたしました。
  西大村浮立は、ささら、掛打、ぜに太鼓の三種類の踊りを浮立の囃しに合わせて表現しています。 西大村浮立(にしおおむらふりゅう)
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上鈴田浮立(かみすすたふりゅう)
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荒平水計浮立(あらひらみずはかりふりゅう)
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中岳浮立(なかたけふりゅう)
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今富浮立(いまとみふりゅう)
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重井田浮立(しげいだふりゅう)
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松原相撲甚句(まつばらすもうじんく)
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荒瀬浮立(あらせふりゅう)
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小路口鍬踊(おろぐちくわおどり)
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木場龍踊(こばりゅうおどり)
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立福寺龍踊(りっぷくじりゅうおどり)